「生活習慣病にならない世界と、持続可能な社会を創る」
『PARaDE』参画ブランドを深堀していく連載です。第6回目は2009年設立の「結わえる」。独自製法の「寝かせ玄米®︎ごはん」を基軸に、日本の伝統的食生活の知恵と現代のライフスタイルを“結わえる”ためのさまざまな事業を展開。YUWAERUが提案する、おいしさと健康を両立した気持ちのいい生活は、幅広い層から支持を得ています。「食生活は70点でいいんです。これを続けることで、好きなものを我慢しなくても健康に生きていけますよ」と語る代表・荻野芳隆さんにお話を伺いました。
もっちりとおいしい玄米ごはん、香ばしい玄米餅、しょうゆやみそなどの発酵調味調etc.…今の時代に合わせた伝統的な食文化と気付きを提案する「結わえる」。無理せず健康的に“70点の食生活”を実現し維持する食品をECサイト、カフェ、商業施設、コンビニエンスストアなどで販売しています。レシピなどを配信するYouTube公式チャンネル「一日一膳、玄米生活」も開設され、そのファンはさらに拡大中です。ストイックなイメージが強かった伝統的食生活を、今の時代に合わせて翻訳し、心地よく楽しいライフスタイルとして発信し続けている背景とは……。
――結わえるは玄米食を多くの人に紹介し、玄米のおいしさを浸透させてきました。玄米に注目したのは「生活習慣病にならない世界と、持続可能な社会を創る」という信念があったから。
高校2年のときに単身で渡米し、1か月かけてポートランドからニューヨークまでバックパッカーをしました。そのときに、「なんてアメリカはカッコいいんだ!」とそのクールな雰囲気に魅了されたのです。
それから、大学までの7年間に25か国以上を巡りました。そこで深くわかったことは「日本は本当にいい国だな」ということ。
鮮やかに移り変わる四季、美しく清らかな自然、治安がよく、水道水は飲用でき、人柄も穏やかな人が多い。海外諸国を旅し続けたからこそ、日本をより深く知りたいと思い、大学時代は日本全国津々浦々を巡りました。
このときに、気が付いたのは、地方にある地場産業の衰退です。私が国内各地を旅していた、2000年代初頭は、大量生産・大量消費の商品や考え方が全国をのみこんでいた時期です。ひなびた街にショッピングセンターが続々とできていく。その中にはファストファッションや雑貨店などが入店し、使い捨ての商品が詰め込まれている。たった数年で日本の風景が画一的に変わっていきました。
地元の産業や、伝統工芸の技がその波にさらわれていき、跡形も残らない。地元でモノづくりをしてきた味噌やしょうゆなどの発酵食品の製造元も廃業してしまう。大学生の私は、これを何とかしたいと思うと同時に、物心ついたころから念頭にあった“起業”に“地方を元気にする”という軸を据えたのです。
とはいえ、学生ではビジネスも経営もわからず、地方の問題の根幹はさらにわかりません。そこで、中小企業のクライアントが多いコンサルファームに就職しました。5年間の会社員生活で、食品関連の企業を中心に多くの経営者の方々、地方自治体の関係者の皆さまと深く関わり、多くを学びました。
その仕事を通じて、食と健康の密接な関係を知り、食事療法や東洋医学にも興味を持つように。不思議だったのは、重度のアトピー性皮膚炎、糖尿病、高血圧症などに苦しむ人が、薬をやめ、食事を変えるだけで改善していく様子でした。
その食事とは一汁三菜程度のシンプルな玄米食、いわゆる日本の伝統的な食事内容です。野菜や玄米には日本の調味料が合いますし、食器や調度品も日本古来のものがしっくりと来ます。玄米食が広まれば、地域の産業も活性化すると確信したのです。
強い興味を持ち、のめり込むように勉強すると、病気になるメカニズムもわかってきました。精製された食品(白砂糖や白米など)、乳、脂肪などの摂り過ぎは生活習慣病のリスクを高めます。国民病とまでいわれるがんは、戦後、肉の消費量が増えるとともに患者が増えている。それを裏付けるレポート(※)もあります。
そこで、私も患者の方々が食べている玄米を試食してみたのですが、とてもじゃないけどまずくて食べられない。それに玄米は殻が固く、調理も大変です。
そのとき、「玄米食をもっとおいしく、手軽に食べられるようにしたら、広まるはずだ」と確信したのです。
※出典『赤肉・加工肉のがんリスクについて』(2015年 国立がん研究センター)
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2015/1029/index.html
――荻野さんは一心不乱においしい玄米食の開発を試みます。20代半ばの若者が、自宅に複数の炊飯器や圧力釜を並べ、玄米の炊飯と試食を繰り返しているところを想像すると、鬼気迫るものがあります。それが結実し、現在の「寝かせ玄米」という手法を編み出します。
寝かせ玄米は、炊いてから数日間寝かせておくのですが、この過程で玄米の表皮が柔らかくなり、もちもち感が高く、食べやすくなります。これに行きつくまでに、2年の歳月を要し、完成した時に「これで世の中が変わる」と確信しました。玄米を炊きながら、同時にビジネスモデルも構築していました。
――これまでに誰も食べたことがない、もちもちとした美味しい玄米ごはんは、主力商品になる。満を持して開業したのは2009年2月でした。
玄米ごはんが珍しい時代だったこともあり、まずは食べてもらいたくて、弁当と飲食事業からスタートしました。
このときの飲食店は現在、蔵前にある、YUWAERU本店の前身です。同じ蔵前にあった居抜きの店舗で、今と同じように昼は玄米定食、夜は料理とお酒を提供していました。
ただ、今と異なるのは、ECや店舗で販売する、寝かせ玄米ごはん®︎を手作業で作っていたこと。
最初こそ売れ行きは芳しいものではありませんでしたが、おいしさが口コミで広がり、たちまち人気に。健康効果も注目されて、女性誌のダイエットやインナービューティ企画にも採用されるようになりました。
気が付けば、私を含めた会社スタッフ数人で、1か月に1万食以上作っても足りないという事態になっていたのです。
2012年に本店を現在の場所に移転してからは、弁当事業をやめ、飲食店の運営と寝かせ玄米ごはん®︎の通販に集中しました。
2014年は年商ほどの投資をしてレトルトパックの工場を立ち上げたり、商業施設に出店するなどして、広く知られる存在へと大きく舵を切りました。
私が提案しているのは、「1日1食だけ玄米ごはんを食べる」というライフスタイルです。決してストイックにならず、自然な心持ちで続けていくことが大切なのです。
――「ゆるく続ける」という考え方は、東本大震災以降にスタンダードになり、好調に事業は拡大していたのですが、コロナ禍が襲います。ここで壊滅的な影響を受けてしまったのです。
【後編に続きます】
結わえるのコロナ危機以降の進化について紹介します。
取材・文/前川亜紀 撮影/フカヤマノリユキ