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「当たり前」を疑いながら進化を続ける靴

2023/11/29[Wed]

『PARaDE』参画ブランドを深堀りしていく連載です。7回目は2021年2月ローンチのサスティナブルな靴ブランド・Öffen(以下・オッフェン)。アッパー部分にペットボトルの再生糸、インソールやアウトソールも環境に配慮した素材を用い、製造工程も人に配慮。持続可能なオッフェンの靴は、デザイン性の高さで「履いてみたくなり」、そして軽さと歩きやすさで「欲しくなる」人が続出中。洗練されたデザインと、高度な製靴技術が生み出す高い機能性がありながら、価格は1万円台。履きやすく求めやすいオッフェンの靴を生み出した、プロデューサー・日坂さとみさんと、代表・岩本英秀さんにお話を伺いました。

(左)代表・岩本英秀(いわもと えいしゅう)フランス・パリでの生活を経て、帰国後デザイナーに。製靴業に転身してからは、多くのブランドの靴を手がける。オッフェンを運営する株式会社Norms代表。

(右)プロデューサー・日坂さとみ(ひさか さとみ)20代から人気セレクトショップのバイヤー・デザイナーとして活躍。出産を機に、自然や環境に沿ったものづくりを模索したことが、オッフェンに結実。2020年に一般社団法人エシカル協会「エシカル・コンシェルジュ・オンライン講座」修了。

スキップしたくなるような履き心地の良さ、ファッションやシーンを選ばずに使えるデザインのオッフェンの靴。ブランド名の「オッフェン」とは、ドイツ語で「開放的な」「解き放つ」という意味があり、文字通り履くだけで心が開放的になり、製造背景を知れば環境負荷への心の負担から解き放たれることを実感します。だからこそ、ローンチから2年以内に直営店が3店舗に拡大し、全国の百貨店からポップアップのオファーも殺到しているのも納得。最近は、強い要望に応えメンズラインも登場するなど、人気ブランドに成長しました。

前編ではオッフェンの靴に込められた環境問題や労働問題の解決への熱い思いと高度な製靴技術について。後編の今回はオッフェンが考える「ファッションと未来」について紹介します。

【前編はこちら】

――ファッションは、最新のアイテムを身にまとうことが代表的な表現方法。日坂さんも岩本さんも長年ファッション業界を走り続けてきて、「ずっと使う」ことを真剣に考え、製造からマーケティングまで一貫しているのは、なぜでしょうか。

プロデューサー・日坂さとみさん(以下・日坂) 「最新のデザインやコンセプト」も大切ですが、それと同時に、「普遍的な考えを身にまとう」こともファッションの表現の一部になっているからです。
前編でお話した通り、オッフェンの靴には世の中にあるさまざまな問題を改善に導く考え方や技術が結集しています。
オッフェンがここまで受け入れていただいた背景には、社会問題の解決に結びつく製品を人々が求めているからだと確信しています。
私達はコロナ禍にローンチしました。従来のようなリサーチやPRが全くできず、本当に売れるのかどうか不明なまま、オンライン販売が始まったのです。

岩本英秀さん(以下・岩本) あのときは「本当に売れるのか」という不安に包まれていました。オッフェンの靴は、コンセプト、製造方法、素材使い……靴業界に30年近くいる私にとっても、前代未聞の製品です。
それが、じわじわと売れていき、品切れが相次ぐようになりました。広告も打たぬまま、ここまで認知されたのは、SNSの影響が大きいです。確かな思想があるから、受け入れていただき、それが世の中に広まるのです。その手ごたえを感じました。

日坂:靴を購入したお客様ご自身がコーディネート写真をSNSで発信。それを見た方が反応してくださり「波が起きた」と思うことは多々ありました。
私がファッション業界に入った20年前はトレンド重視で、おしゃれとサスティナビリティの両立を考えることさえありませんでした。
でも今は、環境や社会全体を考え「これはいい」と感じるものを選ぶことがファッションになる時代。私たちのブランドに共鳴してくださるファッション業界の方も多いです。このムーブメントはこれからも大きくなっていくと考えています。

リボンやフリルなどの装飾、色のバリエーションが豊富。(写真は『pointed-RUBAN / NAVY』)
ブーツも登場。製靴加工がしやすいように独自のカットが施されている。(写真は『squareboots-GORE / YELLOW』)

――コロナ禍以降、「通勤」という概念が変わり、ファッション全体がカジュアル化していることも追い風になったのではないでしょうか。

岩本:それはあります。心地よさが優先されるカジュアル化は、15年近く前から進んでいたようにも思いますが、それが本格化しました。
私は職業柄、どこに行ってもその場にいる人の靴を見ます。2010年代からラグジュアリーホテル、高級レストラン、コンサート会場、デートスポット、オフィス街……かつて女性はヒールを、男性は革靴を履いていた場所で、スニーカーを履いている人が増えていることを感じていました。
その頃から「パンプス(革靴)とスニーカーの間にあるデザイン性が高い靴を作りたい」という思いを強くしていたのです。

日坂:なるほど、オッフェンの靴はまさにそうですね。

岩本:はい。ほかにも理由はあり、職人さんの高齢化、皮革をはじめとする靴の素材の高騰も始まっていました。だからこそ、「パンプス(革靴)とスニーカーの間の靴」という新コンセプトな商品を作りたかったのです。
それは、シーンを問わずに、老若男女誰でも履いていただき、サステイナブルな素材を使う、靴の常識を変える……これがオッフェンの靴だったんです。

オッフェンはレディース(女性用)シューズからスタート。すぐに強い要望に応えてメンズ(男性用)が登場。
(写真右『【MENS】square-MOCCA / BLACK』、左『【MENS】round-POUND / IVORY』)

日坂:オッフェンはすべてが新しいですよね。通常、ブランドを立ち上げるときは、ペルソナ(ユーザー像)を決め、そこに向けたものづくりをします。
特にファッションはこの傾向が強く、例えば「35歳の研究職女性のリゾートシーン」など決め、家族構成まで仮定して作り込むのですが、オッフェンはこれを一切していません。それは、イメージに捉われずさまざまな方に履いていただきたいからです。

岩本:また、用途も広く考えていますよね。通勤などの普段履きとして使え、子どもと公園で遊ぶときにも対応し、さらには結婚式にもパーティにもデートにも使える。
シーンを限定してしまうと、その時以外は使わずもったいないですから。

フォーマルなスーツにも、カジュアルなデニムにも合う『pointed-TIQUE』。チェーン(鎖)飾りのモチーフは柄で表現。この部分は編み方を変えており、甲が安定しやすいよう工夫がされている。 

――登場1年にして、親子2~3代で愛用している人もいるというのも納得です。

岩本:歩きやすく、着脱しやすいから、お年を召した方にも快適にお使いいただけます。また価格もどれも1万円台とお求めやすい設定にしています。シンプルで使う部材も限られているので、過剰品質にもなりません。
これからも、エシカルなものづくりをしていこうと考えています。

『square-ROFA』は、履き込みが深いが両サイドにスリット(切り込みがあり、着脱がしやすい)靴は糸の色を見ながら日坂さんがデザインしている。

日坂:私自身も一消費者としてオッフェンのファンです。作り手の愛が広がり、多くの人がオッフェンの靴とともに楽しく軽やかに過ごすために、「当たり前」を疑いながら、進化を続けていきます。

オッフェンは、ファッション業界と製靴業界の常識からの脱却し、開放的な気持ちになれるブランドです。日坂さんは、「もともと、人は裸足だったということも、いつも念頭にあります」と語っていました。
靴が必要な環境、社会性を常に自問自答し続けながら、柔らかな土や草の上を、裸足で歩くような感覚を提供する……ファンが増えているのは、「靴の存在意義」を考える日坂さんの哲学にあるのかもしれません。

取材・文/前川亜紀 撮影/フカヤマノリユキ