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「花や植物に関わる全ての人々を幸せにしたい」

2023/11/15[Wed]

『PARADE』参画ブランドを深堀りしていく連載です。4回目は、2014年創業の「BOTANIC」。「生産者、花屋、花を購入する人……花や植物に関わる全ての人々を幸せにしたい」と語る、代表・上甲友規さん。花屋さんでのアルバイト経験がある編集長・幅允孝がお話を伺いました。

上甲 友規(じょうこう・ともき)
愛媛県出身。一橋大学経済学部卒業。メーカー、戦略コンサルティングファームを経てBOTANICに参画。

春夏秋冬、それぞれの季節の特徴が際立っている日本。私たち日本人は、古より花や植物を愛し、生活に取り入れてきました。花を飾ったり、心を花に例えた和歌や文学で文化を発展させてきた私たち。しかし、いつの頃からか、花は誕生日などのイベントや、冠婚葬祭の儀式に登場する「かしこまったもの」になってしまいました。「BOTANIC」は運営する3つのブランドを通じて、日常的に花を楽しむ生活と文化を提案し続けています。

上甲友規さんが代表を務める「BOTANIC」は、現在、花・植物の可能性を広める実店舗「ex. flower shop & laboratory」、旬のお花と新聞のサブスクリプションサービス「霽れと褻」(はれとけ)、注文に応じて採花する花屋さん「LIFFT」の3つのブランドを運営しています。

幅允孝(以下・幅):今日は「LIFFT」のアトリエでお話を伺っています。従来のお花屋さんのイメージとは異なるスタイリッシュな空間ですね。
今、私は、月ごとにお花が届く『霽れと褻』を利用しているのですが、インターネットで花を申し込めることに驚きました。高校時代に花屋さんでアルバイトをしていたこともあり、花は対面で購入するものだろいう思い込みがあったからです。それに、手元に届く花がとてもいい状態ですし、花にダメージを与えないような梱包もいいですね。

上甲友規さん(以下・上甲):ありがとうございます。お花がお手元に届くまでは、流通過程も考慮しつつ、試行錯誤を続けています。冷蔵での配送がスタンダードな欧米とは異なり、日本では常温での配送がメイン。お花は繊細ですから夏場は気をもむこともあります。生き物を扱っているから、時間との勝負でもあります。

幅:ところで、なぜ花業界に入ったのでしょうか。中目黒の花屋さんからスタートだと伺っています。

上甲:『ex. flower shop & laboratory 中目黒』という小さなお店から始めました。まさに、スモールビジネスからのスタートだったのです。
対面販売をしつつ、スタッフを増やし、カフェなどの店舗装飾や集合住宅の植栽などにも広げていきました。今年の2月から現在のブルーボトルコーヒー 中目黒カフェの3階に移転しています。現在、お店は代々木上原、蔵前と都内に3か所あり、地元の人を中心に好評をいただいています。


幅:花は生活に根差しています。視界に花があると心がホッと安らぎます。

上甲:花には、脳を刺激して活性化し、人の心を癒す効果があります。花と接し、心身のバランスを整える「フラワーセラピー」も多くの企業が取り入れており、ワークスペースに花を飾ることで、仕事の生産性が向上するという効果もあるのです。

幅:それなのに、日本では花を飾る人とそうでない人の間に、大きな開きがあります。

上甲:そうなんです。そこを埋めていき、日常的に花を飾る文化を根付かせたい。花は、都会に住んでいる私たちに自然や四季を感じさせてくれます。
ひたむきに咲いて枯れてしまうからこそ、毎日水を変えて世話をします。この命を慈しむ感覚も、花が持つ魅力のひとつだと思うんです。

幅:ペットを飼うことと感覚が似ていますね。

上甲:動物を飼うには環境を整えなくてはなりませんし、責任も重い。花は誰でも気軽に愛でられるのです。
そんな魅力的な花も、業界にさまざまな問題があります。花農家さんや花屋さんの低賃金と重労働などの問題を変えたいという思いもあります。

幅:『霽れと褻』には、毎月骨太な内容の新聞が同梱されています。花農家の現状を赤裸々に伝えており、低賃金、後継者不足などで農業が衰退しつつあることや、生産者と消費者の距離が遠く、ミスマッチが起こっていることなど、さまざまな問題に気付きます。

上甲:農業はIT化やスタートアップ企業が参入し、一部で革新的な変化が起こっていますが、花卉(かき)業界は、ここ30年ほど変わっていないのです。
まずは、生産・流通・販売の連携ができていない業界の構造があります。加えて「マージンロス」も考えなくてはならない問題のひとつ。切花は、農家から農協など出荷団体にまとめられ、そこから卸売市場へ出荷されるケースが大多数です。中間業者が多く、梱包、輸送コストの問題などもあります。
また、少しでも花びらに傷があると商品として認められないために、過剰品質になることもあるのです。


幅:花は冠婚葬祭で大量に消費されています。コロナ禍で花が大量に捨てられる「フラワーロス」も大きな問題になりました。
また、コロナ禍以降、行事の縮小が進んでいます。一般消費者のニーズを伸ばすことに、軸足を置かねばならない転換期なのかもしれません。

上甲:私たちは花農家さんと直接取引を行っています。農家さんにはお客様のニーズを伝え、品質についても臨機応変に対応しています。
今は小さな会社ですが、ここから流通構造を変えていけば、農家さんにとっても、安定した収入が見込めるようになりますし、結果として新規就農者数が増え、花業界が盛り上がればいいと思っています。

上甲友規さんが代表を務める「BOTANIC」は、現在、花・植物の可能性を広める実店舗「ex. flower shop & laboratory」、旬のお花と新聞のサブスクリプションサービス「霽れと褻」(はれとけ)、注文に応じて採花する花屋さん「LIFFT」の3つのブランドを運営しています。

花業界の盛り上がりについては、厳しい数字があります。農林水産省が発表した『花きの現状について』(2022年)を見ると、 花の産出額は1998年の6300億円をピークに下がり、2011年の3700億円以来、横ばい状態です。一世帯当たりの切り花の年間購入金額も1995年の1万3130円をピークに下がり続け、2021年には7899円になりました。

上甲:そうなんです。このままでは花農家がいなくなってしまう。高齢化などで、追い込まれてしまうのは目に見えている。実際に花農家さんに接していると、その技術力の高さと、職人気質に驚くことがあります。

幅:アルバイト時代、日々、花に触れていましたが、ときにハッと驚くほど美しい1本があることに気付きました。同じ品種で、ぱっと見は同じなのですが、表情は全く異なります。

上甲:そうなんです。この美しい花を誰がどのように手をかけて育てたのかという背景のストーリーとともに、多くの人に届けたい。
そこで、私たちは花農家さんを巡り、直接取引をすることに挑戦したのです。
人づてに紹介していただき、1軒1軒足を運んで、私たちの考え方を説明し、提供いただいています。

幅:直接取引をすれば、流通過程の時間のロスもなくなります。それに、ユーザーの注文を受けてからの採花なので、最も美しい時期に手元に届くのですね。

上甲:花が栽培されているエリア、寒暖差などの環境、作り手の方の個性も理解して、注文をしています。

幅:業界の慣例と構造を破り、イノベーションを起こしました。逆風を感じることはありますか?

上甲:まだ小さな会社ですし、すべてが直接取引でもありません。軋轢のようなものを感じたこととはないですね。

幅:実際に農園に足を運んだと伺いましたが、花はどのように育てられているのでしょうか。

上甲:とにかく丹精して育てられています。「ここまでやるの?」というところまで手をかけるのです。
ほとんどが家族経営で、土の除菌、虫対策、水の量や肥料などを細かく調整し、世話をしています。
中には開花までに1~2年かかるものもあり、我が子を育てるように、念入りにチェックをしているのです。掃除も徹底しており、環境も含めて驚くことが多々あります。
海外の花農家も視察したことがあるのですが、広大な土地に作業員がおり、工業化と分業化をしており、日本とは真逆でした。

幅:「もののあはれ」を感じました。花は育成時点から、洗練された文化として成立しているのですね。

上甲:はい。だから、そういうことも伝え、花を日常的に飾ることを文化として根付かせたいのです。今、身の周りにはモノがあふれているからこそ、感性を刺激し、心に安らぎをもたらす存在が求められているのです。

幅:それなのに、一般的に花は生活になじみがないものになってしまっているから、「差し出し方をどうするか」が重要ですね。

上甲:そうなんですよ。個人的には「花は、やっぱ高いんじゃないかな?」という感覚は持ち続けています。例えばバラですが、東京では1本500円程度で売っていますが、500円あれば、お弁当が買えますし、いいデザートを食べることもできます。
それに、購入し、持ち帰るまでにも気を使いますし、「さあ、花を飾るぞ」と身構えてしまう感覚は強いと思うのです。

幅:だから、背景や飾り方なども、公式サイトや新聞でつまびらかにしているのですね。

上甲:花業界に入って、伝えることの大切さを痛感しています。花の価格の背景について、高価な花のメリット、世話の仕方などを伝えるからこそ、広がっていくのだと感じました。

幅:今は価値を認めたもの、納得したものに対価を払う時代です。そして今、観葉植物も手がけており、人気を博していますね。

上甲:はい。観葉植物も、切り花と同じくカルチャーとして根付いていないなという印象があり、それを広めていきたいのです。
観葉植物は「いいな」と思って購入しても、水をあげるタイミングなど、世話の仕方がわからなかったりして、枯れたり水をあげすぎたりしてしまう傾向があります。
僕たちは、その都度、相談していただけるような体制を整えています。

幅:植物の「かかりつけ医」ともいえますね。私にも覚えがありますが、植物の世話はネットで検索してもよくわからないことが多い。個別の生き物なんだと感じます。

上甲:観葉植物を扱い始めて感じたのは、日本の住環境と植物には距離がある。それを縮めることも今後の課題です。

幅:小さな花屋さんから始まったビジネスが、発信する文化とともに大きく広がっていると感じます。会社として次のステップや、今後のビジョンをお聞かせいただきたいのですが。

上甲:花や植物をさらにいい状態でお客様に届けることです。今、お花は産地から東京に集められて、スタッフが花束にし、梱包してお客様の手元に届けているのですが、今後は産地から直接発送することも考えています。
さまざまなことが電子化し、人の息づかいが少なくなっていく生活の中で、植物が与えてくれることはあまりにも大きい。それを絶やさず、次世代につなげていくことを、ビジネスを通じて実現していきたいです。

幅:ありがとうございます。花は特別ではなく、日常にあるからこそ、心にじわじわと効いてくる。普段着の感覚で、花と接したいと思います。

上甲:きっと心身にいい変化があるはずですよ。今日はありがとうございました。