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醸造所見学でわかった コエドビールと郷土愛。

2023/11/20[Mon]

1996年に醸造をスタートした、COEDOビール。Beer Beautifulをコンセプトに、World Beer Cup、​European Beer Star Awardなど世界のアワードを多数受賞。職人による細やかなものづくりやビール本来の楽しみ方を発信しています。
今回は、代表取締役 兼 CEOの朝霧 重治さんに、「この1本を選ぶ理由」というテーマでお話をいただきました。1回目はビールと日常について、そしてこの2回目は埼玉県への郷土愛と、醸造所見学について。ここでわかった進化し続けるCOEDOビールについて紹介します。

朝霧重治さん……1973年 埼玉県川越市生まれ。一橋大学卒業後、会社員を経て、株式会社協同商事に入社。コエドブルワリー代表取締役社長

トータルビューティカンパニー「uka」のスタートから13年間、さまざまなイノベーションを起こし続け、性別や文化を問わず、多くの人から支持されてきました。前編はその背景にあるukaの哲学を深堀しました。今回は、ukaが大切にしている「人と世界」についての考え方と取り組みを紹介します。

【1回目…ビールと日常】

――これまでのお話で、朝霧さんの埼玉への郷土愛の深さ、特に武蔵野の自然風景、雑木林を慈しむ気持ちがわかりました。

生まれ育った場所を慕わしく思う気持ちは、生きてきた歳月が長くなるほど強くなります。やはりそれが原点です。私の実家は川越の農家ですから、幼いころから家族が土に触れ、作物を育てるところを見ていました。
特に母はマメな人で、庭や畑の手入れをしていました。今、私は農業にも携わっているのですが、そういうことを好きだと思うのは、幼い頃の環境の影響だと感じています。
埼玉という“地場”への愛着についても同じです。様々な経験を重ね、歳月を経て、地域への愛着が醸し出され、表出しているようにも感じます。
1回目で「健全な酒飲み」の話をしましたが、今は「健全な郷土愛」を表現する活動にも注目し、実際に行っています。だって、埼玉は映画『翔んで埼玉』の世界ですよ。埼玉への郷土愛の話で、メジャーな世界観を構築できる。その愛は深いですよ(笑)。

――埼玉に住む人の、埼玉への郷土愛は、クリエイティブの核となるほど強い。その理由は何だとお考えですか?

それは、「ホントは埼玉が好きなのに、好きだと言えない」という、相反する要素を内包しているところにあると考えています。
私も、埼玉の郷土愛が深いのに、大阪出張に行くと、「東京に帰ろう」と言っちゃう。住んでいるのは埼玉なのにね。
それに私は埼玉の中でも川越です。川越は“小江戸”であり、慶安元年(1648)に始まった『川越まつり』という国指定重要無形民俗文化財(2005年認定)のお祭りがあります。旦那衆がいて、文化が確立されているのです。
この感覚は、神奈川県横浜市に近いかもしれない。川越の人は、出身地を聞かれると「埼玉です」とは言わず、「川越です」と言う。江戸の源流は川越だと思っている人も多いです。(※)
※参考:徳川家康、秀忠、家光の3代に影響を与えた、喜多院第27世住職の天海が川越にいたことで、幕府との結びつきが強かった。

――文化都市のイメージは強いですが、埼玉の「健全な酒飲み」の文化はどのあたりにあるのでしょうか。

それは私たちの醸造所がある、東松山の「やきとり」における酒場の文化です。夕方5時になると店が開いて、串焼きの肉に辛味噌を刷毛でつけて食べる。ちょっとだけだとお店の人に「もっと大胆につけてよ」といわれたりね。おおらかで、人との交流があって、キュッと飲んでサッと帰る酒場の町。そこに、私たちが醸造所を作る機会を得ました。
このことが、とてもうれしいのです。いつか地域の人たちに「ビールと言ったらコエドだね」と言っていただけるように、精進します。

――酒場の町で作られるビール……それはどのように造られているのでしょうか。

では、醸造所にご案内します。前日、納豆やチーズなどの発酵食品を食べていると内部の見学はできないのですが、皆さん、大丈夫のようですね。

COEDOビールの醸造所は、かつて企業の研修所だった建物をリノベーションして使用している。表示が昭和の雰囲気を伝える。

この建物は、企業の研修所を醸造所に改造しているので、リノベーションにとりかかった当初は配管や重機の搬入などに不安点が多かったんです。
でもそれらを各国の職人さんが解決してくれました。素人目には「絶対に入らないだろう」という巨大なタンクや機器を、川崎のとび職の親方が的確に指示して、指定の場所ピッタリに配置してくれた。
ビールの配管も、ラトビアから来た溶接工の方が、どこにつなぎ目が合ったかわからないくらいの精度でつなげてくれた。人知を超えた技と知見を目の当たりにして、私も襟を正しました。

―――ではここから醸造現場の内部に入ります。

まず、モルト(大麦)を粉砕します。これにより、糖化がしやすくなります。
この、細かく砕いたモルトと湯を混ぜて、温度を上げていきます。これにより、麦に含まれているデンプンが糖へ変わります。
この糖が酵母菌の活動のエネルギーとなるのです。
糖化が進むと、麦芽と湯を混ぜ加熱したものは、ペースト状になっていく。
これをろ過したものが麦汁です。

大麦を粉砕すると、糖化しやすくなる。これを湯とともに加温し、麦汁を作る。
濾過された麦汁の搾りかすは、以前は廃棄していたが、現在は牛の飼料(エコフィード)として利用されている。これを食べている乳牛は東京都八王子市の磯沼牧場、食養牛は埼玉県東松山市の国分牧場。ここでもつながりが生まれ、磯沼牧場で生まれた牡牛が、国分牧場で育てられるケースもある。朝霧さんはそのサイクルを作った。
麦汁を煮沸するときにホップを加え、苦味と香りを加える。煮沸する時間によって味わいが変わる。
発酵タンクの中には、酵母を加えた麦汁が入っている。酵母が麦汁の糖分を食べ、アルコールと二酸化炭素、風味が生成されていく。

――金属美にあふれる施設で、ビールが造られていることがわかりました。ところで、朝霧さんの「この1本」である『毬花』の特徴について教えてください。

それは、最新機器『ホップガン』が働いてくれます。

これが『毬花』の香りを生み出す最新機器『ホップガン』(ドイツ製)。

発酵タンクよりビールを移動し、この『ホップガン』の中で圧力をかけながら循環させると、グレープフルーツのようなホップの香りが花開いてくる。ホップは苦みの元となりますが、それではなく華やかな香りが増幅していくのです。『毬花』はこの『ホップガン』により完成したビールです。

缶ビールを充てんする機械(スイス製)。ビールは紫外線と酸素が大敵。紫外線を遮断するアルミ缶の中に、酸素を入れないため、二酸化炭素を入れる。そこにビールを充てんしていく。二酸化炭素で蓋をするのだ。そして最後に、二酸化炭素を「フッ」と吹き込み、缶ブタをする。この機械により缶ビールの味は格段に向上した。
梱包まで終わり、あとは出荷を待つばかりとなったビールたち。日によって出荷本数は異なる。

――ビールの醸造過程について、細部まで突き詰めていることがよーく分かりました。ホップガンも機械として美しいですね。

クラフトビール造りには終わりはなく、ベクトルをどこまで伸ばしていけるかというのが、課題です。終わりがないからこそ、より高みを目指したい。それはクラフトマンの皆が思っていることであり、私自身もそう考えています。そのために、日常がとても大切で、日常の中にヒントがあるのです。

――飲むシーンについてはどのようにお考えでしょうか。独自のレストランやバーなどは作らないのですか?

その予定はありません。私たちはビールメーカーであり、それを提供するレストラン、バーにはそれぞれのプロがいます。その人たちに『COEDOビール』が不可欠な存在でありたい。彼らプロたちがビールの味を、120%にしてくれます。コロナ禍でそのことは特に感じました。

――提供するプロたちが、120%を出すために、取り組んでいることはありますか?

様々にありますが、今の課題は、原料の追求です。ここは企業の研修所だったので、運動用のグラウンドがあるのです。ここを農地にして、麦を育てる計画が始まっています。
着手しないとどうなるかわからないし、何が難しいのかわからないので、やってみようと。
私は、2年前からその種となる大麦を育て、自家採種を始めているのです。
自分たちのビールを、自分たちが育てた大麦で醸造していく。より太古の世界に戻っていく試みです。ワイナリーの方々と発想が近く、テロワール(土地の特性)が現れるでしょう。
自分自身が農業、土いじり、植物が好きですから、とても楽しいのです。
いつか、あなたがこの5月から6月の時期に、この醸造所を訪ねていただいたとき、東松山の駅からこの醸造所までを、一面の麦畑にしたいと思います。
ビールも、お酒も、農業も人間の日常の根っこの部分にあります。私は、ここからやっていく。それが今の私たちCOEDOビールです。

醸造所のいたるところから、雑木林の緑が見えた。